年を取るということ~タイトルとズレていく様とは~言葉をマネすること

2018年09月29日

コミュニティの流行り

これは先日のNEWSPICSの対談の要約

その対談はコミュニティをアップデートせよ!


落合陽一氏と佐渡島庸平氏の対談。


そもそも、コミュニティはなぜ流行っているかから始まった。


それは

音と光の伝達が容易に低コストで可能になったこと


それは、今のYouTubeなどのプラットホームをはじめ
SkypeやLINEなどでの伝達容易性。

これはよく落合さんが展開する「教育の構造的な欠陥」ってやつとタイプは同じ
もう100回以上は見たセッションの一コマ。教育の既成についての質問がでたときの答え。

「YouTubeは一時停止があって止められるんですよ。大学の先生は止めらない。
小学校の先生も止められない。40人のクラスの人数分、授業を止めると永久に終わらない。
これらの教育に構造的な欠陥があること、もうみなさんお気付きですよね?」

「ただ、昔はビデオがなくて、教師は体を動かす人だったのでこれで良かった。
今は一人1台スマホがあるなら、それで学べばいいじゃんというパラダイムチェンジは必要で
教師は強制力を働かせる意味では必要だけど、コンテンツは教師が教える必要はない」

やっぱ、100回以上見てるだけあって全部暗記してる(笑)

つまり、この理屈も低コストになったから実現可能だということだ。
昔は、教師が体動かして、黒板に文字書いて、それを写すということの
繰り返しで教育の形が固定化した。
ただ、今ではパワーポイントで掲示可能で
音声もつければ、黒板も教師もいらないということになる。
そのインタラクティブなやり取りが面白くなった。

つまりはface to faceでしか教育、いわゆるコンテンツの受け渡しみたいなのは
できなかったけど、オンラインでしかもインタラクティブに可能にするのがコミュニティ
の1つの存在価値であること。


他には

人は凄い人を見ても成長しない現実


それより、近しい人とのシェアの方が成長に繋がる。
生徒と学生の距離感では遠すぎる。
近しい人が達成したときに自分もできるんだというところでコミュニティは機能している。

これは、最近書き上げた書籍の中で私が展開したもので説明すると
成功者やすごい人、インフルエンサーなどの発信は共感できて、尊敬できて
自分の日頃の行いに悲観し、奮起する一歩手間まで行くのだけれども
どうも行動が伴わない。
やはり「成功者はどこか違う」という意識が働くし、その懸隔は大きい。
さらに発信者はそこにイライラして「行動」を大声で叫ぶ。
それが今の主たる会話構造で間違いないと思う。

ただ、身近な人は違うと思う。
切磋琢磨という破壊力と継続力はホントすごくて、それは私の筋トレも同じ。
毎日嫁と2人で自ら作った筋トレ1時間コースを自宅で毎日と週2回のジョギングとジム通い
を4ヵ月ぐらいは続けられている。
他者の成長も自分の成長に意外と切り替えるのは難しくなくて
嫁のような近い存在でなくても、機能する余地が多いにある。
それがコミュニティで学んでいく可能性。

次に

既存の学びの場が高すぎること。


私立大学とのコスト比較をするとかなり顕著。
大学は学費の分をしっかりペイできているかがかなり疑問。
コミュニティはコストも安く、いくつものコミュニティにも入れて
インプット力が高い。
可処分所得も可処分時間も通常の学校や会社などの投入コストよりも
4分の1以下で可能だから、いくつかのコミュニティに参加でき
使い分けができること。
大学の教授の観点からも、20年後のコミュニティの存在は脅威になる。


知識のシェアリングエコノミーも可能。


昔はマッチングが雑だった。
食べたいものでも、着るものでも、結婚相手を探すお見合いも
それをインターネットが綺麗にしてきた流れがある。
その中において、知識のマッチングを考えたときに
それを綺麗にするところがオンラインサロンのようなコミュニティ。
その雑なマッチングに介在していたのが貨幣価値だったが
オンラインサロンようなコミュニティ間での価値交換は
信用や知識などで交換されることが多くなっていく。
個人の資産は貨幣だけでなく、知識、経験、コミュニティに移行している流れが
今の若者中心にすでに起こっている。


会社というコミュニティの崩壊

1970年以降、創価学会の人口増が急に止まったのも
会社が生活基盤としてのコミュニティとして機能していたから。
ただ、今は働き方の提唱とともに会社コミュニティが崩壊し
会社に属する平均年齢も高齢化し、会社への居場所をみんが失っている。
しかも、会社は上下の関係性に陥りやすく
インタラクティブ性が薄れる。


若者の価値観というのは「時間」に大きなウェイトがある

コンテンツ料というところでも、年配者と若者の議論がかみ合わないのは
コンテンツを受け取るのであれば、それにコストは発生して当たり前という感覚と
われわれの時間を消費するのであれば、無料で当たり前だという感覚があるから。
例えば、YouTubeの広告でも
無料でコンテンツを見れることの対価として、あの15秒の広告を受け入れているのだから
若者にとっては対等なインタラクション。
つまり、お金の取り方というのが変わってきて
月額の流行りは、このコンテンツに興味があるかないかの入り口、確認であって
それに合意すれば、その先にあるコンテンツを好きなだけインプットできるシステム
が今は主流になっているということ。
だ・か・ら、オンラインサロンのシステムが合ってるんだよね~~

↓私が書いた電子書籍です↓
もし興味あるものがあればぜひ読んでください!!






私が尊敬する人はみんなバカだった。楽しんで成功するバカの教科書。20分で読めるシリーズ
池田正輝
まんがびと
2018-01-05



















m7322 at 00:37│Comments(0)

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