2018年06月

2018年06月27日

意識すること

ちょっと、もうわかったからとか言わないで読んで欲しい。


「意識」は大事だなんて100人中100人が知ってること。
でも、その意識が大事という意識を忘れてしまうことは甚だ多い気もする。


今日は仕事に向かう途中の毎度おなじみYoutubeインプット。

久しぶりに見た、熱血講演家こと鴨頭義人さんの講義。


この方、ホント喋りがうまいから動画見てもらえれば早い。
もちろん、私は文字で伝えられるように努力はする。


鴨頭さんがライザップに通いはじめた話で始まるんだけど、この鴨頭さん、見た目かなり細くてライザップに通う目的がわからないんだけど、どうやら体重を増やさずに筋肉をつけたいらしい。
それと、ライザップのビジネスの成功に目を向け、教育や顧客対応を観察する目的だとか。


そして、話はベンチプレスの内容に。
ライザップのトレーナーがそのベンチプレスのときに今日は腕の筋肉を意識して下さいとか、今日はお腹の筋肉を意識して下さいとか、今日は背中を~とか毎回意識する筋肉を指示するらしい。
本当はもっと指示する筋肉は細かいらしいけど、筋肉の話がしたいんじゃないので割愛。
もちろん、やってることは毎回ダンベル?を持ち上げていることに変わりはない。

その鍛えようとする筋肉をしっかりと意識し、筋トレをすることで効果が全く違うらしい。


そこで、鴨頭さんはこの理屈って筋トレだけじゃないよね??という展開をしはじめたわけだ。

例えば、コミュニケーションにおいて、人を承認するということが有効であれば、もちろん無意識でできることも良いことだけど、意識的にそれをやることで筋トレと同じく、そこが鍛えられるんじゃない?ということ。

最近の私でいえば、嫌われる勇気から学んだ「課題の分離」という有効な考え方。
それを日常の要所で意識的に「これは俺の課題」、「これは〇〇さんの課題」という課題の分離ができて、かつ自分の課題ではないと識別したとき、気持ちを介入しないという訓練をしていれば、それは、その課題の分離がいつか習慣として無意識でできるようになるということでもあるかもしれない。

ぶっちゃけ筋トレもやっていて、腹筋でいえば毎日100回やってるんだけど、嫁がその腹筋をみたときに「体もっと倒さなくていいの?」と言ってきたけど、自分ではしっかりお腹の筋肉を意識してやっていて、最後の方はつりそうになってるから、これまた有効。
なにげに腹筋100回することはホント無駄だと思う。腰痛めるだけ。


「意識しようよ」とか「意識してます」「意識したい」とか簡単に使われる言葉だけど、そんなに簡単じゃないよね。。。人間の意識する瞬間って24時間中、平均1分ぐらい??
だいたい、思ったままに動く人が多いはずだから、1分より少ないかな。
抵抗感伴うはずだから、敬遠されがちでもある。
本能とか理性とかの次元ではなく、その奥。

筋トレの意識のように、日ごろの言動、考え方を意識して実行すること。

それが一番大事!!!

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m7322 at 23:32|PermalinkComments(0)

2018年06月23日

存在していることに尊敬する

嫌われる勇気の続編にあたる幸せになる勇気を今読んでて、その書評的なものは、また改めてと思うんだけど、このアドラーの心理学の中で「他者の存在を尊敬する」という文脈が多く出てくるんだよね。
登場人物の青年もなかなか理解ができなくて苦しんでいる。武田鉄矢さんが本の紹介をしている「なんとかの台所?」というラジオかな?私が触れたのはYoutubeなんだけど、この中でもアドラー心理学入門という書評をしていて、ここで出てきた話が刺さったのと同時に理解が深まったので書いておこうかなと。

実話だと紹介していたはず。あまりに衝撃的な事件だから内容にも引き寄せられるけど、そこじゃない。

ある小学校の放課後かな、ほとんどの子どもが下校した後だと思う。稼働させている焼却炉に児童が落ちてしまったらしい。先生たちが気付いて、中からその児童を引っ張り出すも、時間はだいぶ経ってしまったあとだったらしく、残念ながら帰らぬ人となってしまった。
当然、損傷がかなり激しいため、児童が特定できずに、全学年の全クラスの先生たちが、児童の全家庭に電話をし、安否確認をすることになった。
事情を説明すると、親たちは当然我が子の安否を確認する。
そのときの親たちはなんと言ったのか。

「先生!!!うちの子は2階で漫画を読んでいました!!!」
「先生、うちの子は今テレビを見ていますので大丈夫です!!」
「先生!うちの子は家の前で友達と遊んでいます!」
「先生、うちの子は弟とゲームをしてます」

これはあくまで私の想像だけど、その確認できた子どもをほとんどの親が抱きしめたんじゃないかな。
私ならそうなるから。


普段なら「いつまで漫画読んでるの!!」とか「いつまでゲームやってるの!」とか「また洋服を汚して!!」とか叱りつける行為にもかかわらず、子どもの存在だけに究極の感謝ができる。


そう、この事件はすごく悲しい事故だけど、多くの親に自分の子どもの存在自体を再確認させる意義があったのだった。

つまり、アドラーがいう他者の存在に尊敬するというのはこういう気持ちからくるものだと、凄く理解が深まった話だった。






m7322 at 00:24|PermalinkComments(0)

2018年06月22日

抽象度の高い話が通じる人

仕事していると、こんな人に出会う。


「抽象度の高い話が通じる人」


波動が合うとか、相性が良いなんて代替も可能かな



特に私は抽象度の固まりみたいなところがあって、すごくみんなを困らせているとも自覚している。


私が次回の新商品の陳列をスタッフに指示するときに「この商品たちはあっち側にドッカンやって、あそことあそこをギュッとするでしょ?そしたら、ここが結構空くと思うから、あの新商品をカッコよくここにドッカンやっちゃって。ディスプレイも見せる感じでね」


なんて、指示をするけど、これをメモ書きながら「わかりました!」だよ。
擬音たちはまだいいけど、改めて文字にするとカッコよくとかどうすんだよという感じ。

驚くことに出来上がりはほぼイメージどおり、むしろそれ以上だからビックリ。


アタマで考える人、マイナス思考の人、否定形、神経質な人はあまりいないかな。


語弊恐れずに言えば、テキトーな人が結構向いてる。
楽観主義とかそんな感じ。


抽象度の高い物事をなんかフィルター通して、具体化しようするとダメだね。
抽象度高いままキープしなきゃ。


そうそう、武田鉄矢さん紹介していた言葉がこの理屈を後押ししてくれるかも!

「自分で考える」というほど信憑性ないものはない。
他人があなたを見て、できると思うから頼むのであって、それが実は一番信憑性が高かったりするということ。


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m7322 at 14:55|PermalinkComments(0)

2018年06月11日

嫌われる勇気~アドラーの教え~ パート2

前回の続き。


ポイント3


承認欲求を否定する


これもかなり衝撃だった。
適切な対応をとれば褒められるというのは、逆に考えると褒められなければ不適切な対応をとってしまうという危険なライフスタイルだ。
他者からの承認を求め、他者からの評価ばかり気にすると、最終的には他者の人生を歩む。
褒めてもいけないし、叱ってもいけない。できることは「勇気づけと感謝」
叱ることは問題外だが、褒めることも上下関係を前提とした操作目的。
縦の関係を構築するのではなく、横の関係をつくるべきだ。

ここで難しいのが、承認欲求を大勢が持ち合わせていること。
マズローの5段階欲求にも代表されるように、自分がそれを求めなくても他者がそれを求めてくることがある。そのときの対応をどうすればいいものか。
これに関してはもう少し読み砕かないと見出すことは難しそうだった。


ポイント4

共同体感覚を身につけろ

これは、会社とか学校とかの狭義でなく、宇宙とか社会とかの広義に捉えなければならない。
その中で他者を仲間だとみなし、自分の居場所があると感じられる場所。
共同体感覚は英語にすると「social interest」つまり社会への関心。
社会の最小単位は私とあなたである。
その共同体感覚を起点に自己への執着から他者への関心に切り替えることが重要。
人の多くは、自分が世界の中心にいて人生の主人公どころか、世界の主人公になってしまっている。
そのため、人と接するときは「この人は何を与えてくれるのか?」ということばかりを考えてしまう。
共同体の中心ではなく、共同体の一部であることを常に考えることだ。

これはたしかにあるなと。この共同体感覚を考えるとアタマが混乱する一歩手前まできてしまう。
これも訓練が必要だ。


ポイント5

自己受容と他者信頼、そして他者貢献。


自己受容とは変えられないものに注目するのではなく変えられるものに注目すること。
自己肯定とは違って、ありのままの自分を受け入れる。「肯定的な諦め」だ。

他者信頼は無条件の信頼を置き、対人関係において横の関係を築くこと。
信頼の目的は懐疑の目を潰すこと。
懐疑の目は事実でないことにしても、すべてが事実に繋がってしまう色眼鏡で見てしまい誰とも深い関係を築くことができない。

最後に他者貢献。

これにより、自己の存在価値を実感することができる。
一見、他者に尽くすような性質を帯びているが、これは自分の価値を実感するために行うもの。
偽善行為との違いは他者を仲間だと認識していること。
共同体感覚を理解していること。




最後にアドラー心理学の掲げる目標として


行動面の目標
①自立すること
②社会と調和して暮らせること

この行動を支える心理面の目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識


このアドラーの心理学は完全に理解するのには10年かかるという
2回この本を読んだだけでは、理屈として理解しただけでまだまだ難しそうだ
もう少し、そばにおいて何度か読んでみようと思う


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m7322 at 13:53|PermalinkComments(0)

嫌われる勇気~アドラーの教え~

久しぶりの書評。



これはいつ出た本かな・・・おそらく4,5年前。



本屋に行く度に横目で見ていたのだが、あまりにタイトルが自己啓発的で当時、その部類は敬遠していたから、今まで読まずにいた。
上司に「この本は読んだ方がいい」というのも、前から言われていて、偶然古本屋で発見したので購入。
1回目の読破ではまったく理解できず、2回目の読破でなんとかぼんやりと。
3回目に行く前に、ここで整理しておきたい。


個人的なポイントは5つ。
かなり、内容濃い感じなんで2回に分けるはず。


ポイント1

原因論ではなく目的論で進め

この文脈の包括力は凄まじい。「~だから~だ」に当てはまるものだけではなく、思考が無意識でそうなってしまっている回路自体を変えなければならない。
本書で出てきた例を引用すれば、過去のトラウマで部屋に引きこもるのではなく、人との接触を避けるため引きこもる。とか、緊張するから赤面症になるのではなく、緊張して力の発揮が出せない口実のために赤面症になる。
原因論で考えることは、自分に嘘をつくことで正当化する行為。
その姿勢であれば、一生その問題を解決することはできないという。


私の例でいえば、人前で話すことがはなはだ苦手である。
それは、学生のときの苦い経験があるからでと考えていたのだが、それは否定されるわけ。
人前で話し失敗したときの口実のためにそのトラウマ、苦手意識を引っ張り出している。


そして、それを変えたいというのも自分に嘘をついていて、本当は誰もが変わりたくない。
「今の自分のままでいること」が実際は今後どうなるかがなんとなく予想できて安心だから。
変わる勇気を持ち合わせていないだけだと。


ポイント2

人間の全ての悩みは対人関係

これはかなり大きく出た感があるね。
内面の悩みなど存在しない。そこには必ず他者の影があると。


問題はそこにどう立ち向かえばいいのか。
それは、10人中1人はあなたを嫌うものがいるという現実を理解すること。
むしろ、全員に好かれるようなコミュニケーションはあまりにも不自由で幸せではない。
その考えを強めるためには、「誰の課題なのか」と考えること。
あなたが一方的に嫌われているのであれば、それを改善する課題はあなたものではない。

それは、あなたが自己中心的に振まえということではない。
まず他者を仲間だと思うこと。そして、みんな対等で自分の主張や考えを正しいと思わないこと。
相手の主張や考えを間違っていると思わないこと。それが始まった段階で権力争いが起きていて、他者を敵だとみなしてしまうからだ。
相手がそれを仕掛けてくることが多いだろう。
それに我慢するのではなく、その権力争いからいち早く降りること。

たしかに、あなたを嫌うものは10人中1人ぐらいの割合でいるかもしれない。
その人はどうしてもあなたの目にもアタマにも割り込んできては争いを仕掛けてくる。
その1人のためにあなたがうまくいかないこと幸せになれないことはそれもまた「人生の嘘」
それはあなたの課題である。
こいつがいるからうまくいかないと偽りの原因論をあなたが作り出しているのかもしれない。



後半の3つのポイントはまた後日に発信しようかな。



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m7322 at 12:44|PermalinkComments(0)