2018年07月

2018年07月30日

セブンイレブンに勝ったファミリーマート

今回は鴨頭さんの動画内の講義から抜粋。


これは、私が何度も掲げる「顧客満足はお客様を驚かせること」理論の現実


あるファミリーマートのオーナーに田中さんという方がいたらしい。

そのファミリマートはセブンイレブンの2店舗に挟まれるような形で立地していて
一見すると、ファミリマートはかなり厳しい経営に追い込まれているよう。
しかも、セブンイレブンには駐車場があるが、ファミリーマートには駐車場もない。

しかし、そのファミリマートの中に入ると何か普通のコンビニではないのだ。


雑誌、漫画の前にはイスが置いてあり、いかにも立ち読みならず、座ってくつろいでくださいといわんばかりの歓迎。
他にも野菜なども種類豊富に取り揃えており、子どもが喜ぶ10円のガチャガチャのガムの機械もある、夏になるとクワガタなども売ってある。

鴨頭さんも子どもが小さいときはその10円のガチャガチャのガムをしたがるから行っていたらしいが、そのクワガタを売っているのを見たときも聞いたらしい。
「まさか、仕入れているわけじゃないでしょう??」

するとオーナーはニヤッとして
「森に行って、私が捕ってきてるんです」と。

鴨頭さんはそのオーナーと仲良くなり、どうしてこんな店を作ってるんですかと聞くと
「お金がなくても立ち寄れる店を作りたいんです」と一言。

つまり、その目的がブレないから、店舗内でやることがすべてお客様の驚きとなり
また来たい、あそこで買いたいとなるのだ。

それが続くとどうなるか?

なんと、隣のセブンイレブンが退店し、その跡地に田中オーナーのファミリーマートが
リニューアルすることとなる。
しかも、今度は駐車場付きで。

鴨頭さんもオープンの日にお祝いに行ったところ、すごい光景があった。
おそらく工事現場で働く人だろう。ガタイの大きい男の人が田中オーナーのところに駆け寄り
「よかったな~~」と抱き合ってる。
子どもだけはなく、早朝に立ち寄る工事現場のおじさんの心も掴んでいたようだ。


この顧客満足はお客様のクレームを恐れたり、マニュアルや型にハマった運営だと
絶対に手に入らないもの。
本当にお客様を喜ばせたい、驚かせたいという店舗側の行動は他から見れば「バカ」である。


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もし興味あるものがあればぜひ読んでください!!




















m7322 at 14:13|PermalinkComments(0)

2018年07月23日

頭に来てもアホとは戦うな! 著者 田村耕太郎

2ヶ月ぐらい前にタイトルの過激さとそのときの私のマインドが一致し購入。


本の購入はそのときの自分の精神状態がわかるよね(笑)



教養系ならかなりインプット前向き状態。
実用書なら、なにか模索する感じ?
自己啓発はモチベマイナス系。


そんで、このタイトルを考えると対人関係だ。



この本はアドラー心理学のような深さある書籍に比べるとスラスラ読めるし
このような自己啓発系は自分のあまさや癖などを軌道修正するのにもってこい。


切り取った部分は3か所ほどあったのだが、ここで紹介するのはたった1つ。


それは、この田村さん自身の言葉ではないのだが、素晴らしい言葉だった。


引用されているのは、多くの死者を見送ったオーストラリアの看護師ブロニ―・ウェアさんの話。


それは「死ぬ瞬間の5つの後悔」として出版されているから知っている人も多いかもしれない。


その5つの後悔の中のトップが


他人の期待に応えようとするばかりの人生ではなく
自分が真に生きたいと思う人生を生きる勇気を持っていたかった。


というもの。


田村さんはこの引用により、他者を気にして生きることは
必ず後悔として悔やまれることを伝えたかったのだろう。


アドラー心理学においても「人間の悩みはすべて対人関係」であるという断言からも
無視できる存在ではないが、死ぬ瞬間の最大の後悔がこれになるという
なんともいえない事実。

どちらの課題かをしっかり考えていき、自分は何のために生きるのかを
自分に問いただしながら、生きていかなければいけない。


能動的に生きてぇ~なぁ~~~~!!!
















m7322 at 15:56|PermalinkComments(0)

「最良の別れ」を意識する

今回もアドラー心理学を元に書かれた「幸せになる勇気」の一節



この本ホントにヤバい・・・
深すぎて、滞在的な意識を顕在的に切り替えるというか。
思考を深めるというか。


以下は、この本の最後の締めくくりとして記載されていた。


時間が有限である以上、すべての対人関係は「別れ」を前提に成り立っている。
現実としてわれわれは「別れるために出会う」のだ。


だとすれば、われわれにできることはたった1つ。


ただひたすら「最良の別れ」に向けた不断の努力を傾けること。


このあとの教師を務める青年に語る例えがヤバい。


たとえばいま、突然ご両親との関係が終わってしまうとしたら
、生徒さんたちとの関係、友人との関係が終わってしまうとしたら
あなたはそれを「最良の別れ」として受け入れることができますか?


青年は困る「い、いえ、とても・・・」


では、そう思えるような関係をこれから築いていくしかないでしょう。


いま、ここを真剣に生きる」とはそういう意味です。



青年「まだ、間に合いますか?これからはじめても間に合いますか?」


「間に合います」

人間が変わるのに、タイムリミットはあるか?という問いにアドラーはこう答えました。


「寿命を迎える、その前日までだ」と。


さぁ顔を上げて、教室に戻るのです。生徒たちがあなたを待っています。



嫌われる勇気から、その続編の幸せになる勇気を3度ほど繰り返し読んで
理解が進んだ状態で、この哲人の青年を最後に見送るこの描写は鳥肌が立った。


これだけ読んでも、これだけまとめても不完全な理解に留まってしまうのが
このアドラーの深さだろうと思う。
私の読書法として
読んだ本は、折り目を付け、その部分を時間をおいて読み返し、それでも大事にすべきだと思えば、カッターで切り取り、常時持ち歩くノートに貼り付ける。

ただ、この嫌われる勇気、幸せになる勇気の2冊は、折り目は付けれたが
なぜか切ることができない、まして、本棚に収めることもできず、いつも座る机の上に2冊置いている。それだけ、この2冊は深い・・・




















m7322 at 12:03|PermalinkComments(0)

2018年07月16日

子どもは叱るのではなく、教える

今回もアドラー心理学を展開した「嫌われる勇気」の続編、「幸せになる勇気」の一節



アドラーは賞罰を禁じる。


叱ってもいけないし、褒めてもいけない。


先に結果を言うと、叱るのではなく教える。褒めるのではなく感謝するということになる。


今回はその叱ることの是非にフォーカスする


これはケースごとに考えなければならない。

よくあることが、子どもに対する向き合い方としての叱るという行為。

子どもが何か悪いことをした。危険なことをした。他者に危害を加えた。

いったいなぜそのようなことをしてしまうのか。

それは1つに「それがよくないことだと知らなかった」という可能性である。


哲人は自分の幼いころの体験を語りはじめる。


わたしは子どものころ、どこに行くにも虫めがねを持ち歩いていた。
昆虫を見つけては、のぞき込み、まるで昆虫博士のように観察に明け暮れていた。
ところが、しばらくして虫めがねのまったく違う用途を知ってしまう。
黒い紙に光の焦点を合わせると、紙から煙が上がり、燃え始めたのだ。

そうやって、黒い紙を燃やして遊んでいた、ある夏のこと。
いつものように、黒い紙に焦点を合わせていると、視界の端を一匹の蟻が横切った。
黒々とした鎧に身を包んだ、大きな蟻である。
そろそろ、黒い紙を燃やすことに飽きてきたわたしが、虫めがねを使って何をしたか?
・・・・これ以上、説明する必要はないだろう。


子どもたちはこのように戯れに昆虫を殺めるような残虐性を見せる。
ある心理学者は人間には攻撃欲動たるものがあると片づけてしまうこともあるが
わたしはそうは思わない。


子どもは決して残虐ではなく、ただ「知らない」のだ。
命の価値を、そして他者の痛みを。

だとしたら、大人たちのやるべきことはひとつ。
叱るのではなく、教えるのだ。

線路で遊ぶ子どもも、公の場で大声で走り回る子どもも、他者を傷つける子どもも
ただただ「知らない」のだ。
われわれは「知らない」という地点からスタートすることを忘れてはいけない。



その話をずっと聞いていた青年がこう反論する。

幼稚園の子どもならまだしも、小学生、さらに中学生にもなれば
みんな「わかってやっていますよ」
なにが禁止されていて、なにが不道徳とされているのか、とうの昔に知っている。
もはや、彼らは確信犯として問題行動を起こしているのですよ!



哲人はこう返す。
たしかに、それがよくないことと知りながら問題行動を起こす子どもは大勢いる。
むしろ、大半はそうだろう。

これは、もっと深いところに別の心理が働いている。
その背後に働く心理を5つの段階にわけて考えよう。



今回はここまで。


私も子どもが何か「よくないこと」をしたときに、どうしても怒鳴ってしまうことがある。
私の常識で子どもの行動や考えを見てしまうからではあるが、たしかに「知らない」のに頭ごなしに叱られるのは、子どもにとっては非合理極まりない。
いわば、大人のエネルギー消費に対し、子どもの理解度は確実に反発している。

しっかりそこは、どうして「よくない」ことなのかを子どものわかる言葉で教えることが大人の役目なのだろう。

















m7322 at 22:05|PermalinkComments(0)

2018年07月15日

LUSHというお店知ってますか??

私が利用したのはイオンモールのテナントとして入っているところで


その館自体はよく行っていたんだけど、いつもそのテナントはスルーしていた。

ちなみに入浴剤専門店なのかな?他は香水や石鹸なんかも売っている。

いつもスルーしていたとはいえ、私の癖で買い物をするときはだいたいで利益を計算するから、印象としては持っていて、それは「従業員の多さ」

15坪もない狭い売場に4,5人の従業員がいるのよ・・・
単純に一時間当たり4500円の売上取らなきゃ成り立たない。
一日にすると、人件費4万5千でしょ??
15坪の売場で平均客単は価格帯見るに1500円~2000円。
売上は土日祝の良くて20万かな。
家賃はおそらく少なくても月80万は取られるから、1日2万5千。

人件費22,5%、家賃12,5%

あとは粗利の問題だが、まぁこれは高いと思う。
ホント感覚だけど、70%以上あるんじゃないかな。


となると、利益は10%いったりもする???
これはなかなか素晴らしいよね!!!


とこれらの勝手な妄想は、売上が20万という設定が前提にあって、それが困難になると、この妄想は確実に大きな誤算になる。

では、この売上を実現できると考えた理由は何なのか??

それは、この店の接客力。

私を含めた私の家族全員から3000円近く出させたのだ。


私自身は入浴剤を買わされた。

このLUSHというお店、顧客満足をしっかり全スタッフで共有している。
私は陳列のパワープレーは極めているけど、その接客のパワープレーを仕掛けてくるのだ。

お客様を感動、唸らせるなら何してもいいよ!と言われているに違いない。

1個800円もする入浴剤を、私の小学生と幼稚園の子どもに「ちょっと待ってね!今見せてあげる~」と大きなボールに入れて、子どもたちにむちゃくちゃ触らせる。
購入を決定しなくても、何も構うことなく、子どもたちをただ楽しませる。
この時点で、消費者の信頼を確実に得るのだ。

その入浴剤は決して安くない。
1個で800円近くする入浴剤である。
かなりの付加価値が必要だから、そこを信頼を得たあとに説明してくる流れ。

この入浴剤には物語がありまして。
回転しながら、浴槽を浮いているのでお子様が楽しめます。

などなど。

気付いたら、900円の入浴剤1個買っていた(笑)


私と子ども2人のグループ、嫁と義理の母と子ども1人のグループは別行動をしていて、その入浴剤を買って出たあと、合流するために電話したときである。
「どこにいる?」と言うと「なんか入浴剤を売ってるところ!」と返ってきたのだ。

まさかと思い急ぎ足でその店に行くと、時すでに遅し・・・

義理の母は香水を、小学5年の娘は練り香水とやらをレジに持って並んでいた。

しかも、私たちが救助に向かうため、店の中に入るやいなや浴びせられた言葉が

「おかえりなさい」であった・・・





















m7322 at 21:38|PermalinkComments(0)